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学校から「良い教師」は消えていく

 

 最近Xで「学校を何とかしてください。」と教室で暴れ、教師へ恫喝をする生徒の動画が拡散されたようです。真偽のほどが不明であるとは思いながらも、映像が突きつけた、根の深い問題、つまり「教師が子どもに向き合う前提となる安全や立場が、崩れているのではないか」という恐れを、感じました。

 昭和・平成に学生時代を過ごした私は、教師から生徒への暴言・暴力が日常化していた過去を知っています。が、そこからの反省として、子どもの人権を守るという観点が強まり、現代では教師の暴力や暴言は当時に比べれば、一掃とは言えないまでも、明らかに改善されてきたと感じます。 

 


「丸腰で前線に立たされている」教師たち


 しかし、私はいま別の方向への振れを心配しています。つまり、教師が悪いことをした生徒に対して「何も言わない、言えない」状態に追い込まれてはいないか、ということです。


 生徒が教師に歯向かう。脅しとすら取れる言動を投げる。周囲が見ていても止められない。教師は毅然と対応したいのに、どこまでが適切で、どこからが「問題」になるのか不安で動けない。「いじめ」も、教師はその「気配」を感じている。でも、何か動くことで大きな問題に発展した場合、だれがどう責任を取るのかが明確でないし、生徒が自分に歯向かってきたら怖い。だから「気づかない」ふりをする。

そういう場面を見てきた子どもたちは、教師を尊敬できず、期待しなくなっていくことでしょう。もしかすると、映像を見た若者たちも「こんなのは特別じゃない。似たようなことはうちでもあった!」とか「だから学校の先生だけにはなりたくない」と感じているのではないでしょうか。私はその事態を危惧しています。

 

 私は常日頃、「プロの日本語教師として研鑽すること」を勧めています。教師は学び続ける専門職であり、子どもを理解し、授業を磨き、関係をつくる力が求められます。けれども、どれほど素晴らしい教師であっても、その立場が守られない現場からは消えていきます。これは精神論ではなく、構造の問題です。


 

教師不足は働き方改革だけでは解消しない。


 教師不足への対応として、文科省は教職課程(免許制度)の見直しを検討し、科目の再編や学びの最適化を進める方針を示しています。 さらに働き方改革で長時間労働を減らす、という方向も語られます。もちろん、労働環境の改善は重要です。しかし、それだけでは足りないと思います。そもそも必要なのは、教師がリスペクトされるべき存在だという社会的な風潮を高めることではないでしょうか。


 たとえば、モンスターペアレント的な無理な要求、カスタマーハラスメントのような圧力に対して、学校が「毅然と断れる」仕組みが必要です。管理職や教育委員会が前面に立ち、現場の教師個人に矢面を押しつけないこと。生徒の暴力や暴言から教師を守るルールと運用、警察・福祉・専門機関との連携の明確化。ここが整わない限り、「給与」や「休日」だけ整えても、教師という職業の魅力は戻りません。安心して指導できない職場に、志ある人は長く留まれないからです。


 ちなみに、こども家庭庁が2025年に発表したガイドライン案で、学校や保育所などに防犯カメラ設置を推奨する方針を打ち出しています。設置場所は、児童と教員が1対1になる面談室や死角になりやすい場所(廊下の曲がり角、物陰など)で、目的は性被害の未然防止、不適切行為の抑止、事後の記録とされています。が、思い切って教室内にも防犯カメラの設置も検討してはどうかと思います。教師・生徒双方の行為を、第3者にも判断してもらえるよう、常に監視しておけば、SNSに自由に拡散される前に対処できるかもしれません。

教師はリスペクトされるべき存在であるべき。だからこそ、法に触れた者には「厳罰」を与えてもよいと思います。性犯罪者は、絶対に学校内にいるべきではないし、刑期を終えたとしても二度と子どもの前に現れるべきではありません。


 

「教師」が再び誇りを取り戻せる社会に


 そして私は、教員免許取得を「取りやすくする」方向には慎重であるべきだと考えています。単位を減らすことが、結果として「教える専門職」の重みを軽くしてしまう危険があるからです。文科省の議論は単なる削減ではなく質の向上も掲げていますが、社会の受け止め方として「楽に取れる資格」になってしまえば、教師の誇りをさらに弱めかねません。  ただでさえ、子どもたちの学力や学びの質が問われる中で、教師の知識教養レベルを下げる方向に進むのは本末転倒です。むしろ、「大変でも目指す価値がある」「取った後も学び続ける誇りがある」仕事として位置づけ直すことが必要です。


 子どもの教育は、国の将来にかかわる重要なものです。海外では、教師が“公共の専門職”として扱われ、学校外の支援職(カウンセラー、ソーシャルワーカー等)との役割分担が進んでいる国もあります。日本も、教師に何でも背負わせる形からの転換も必要だと思います。

 

 教師は、子どもを支える最後の砦になる仕事です。だからこそ、教師が尊重され、守られ、学び続けられる社会でなければいけません。教員不足を「資格を取りやすくする」「残業を減らす」だけで解決しようとするのではなく、教師という仕事に社会がどう向き合うのかを問い直す時期に来ていると強く思います。

 
 
 
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