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授業中、子どもは何をしていますか?

22 時間前
読了時間: 5分

   

私は立場上、経験の浅い教師の授業を見る機会が多いのですが、とても気になることがあります。それは、教師があまりにも長い時間、話していることです。


ある授業では、授業時間のおよそ8割を教師が話していました。教師は一生懸命です。教材に従い、説明をし、子どもにわかってもらおうとしていました。

けれども、その授業を見ながら私は思うのです。

「この時間、子どもは何をしているのだろう。」


教師が話せば、子どもは学んでいるのか。


教師は「教える仕事」です。

ですから、教師には知識が必要ですし、正しく説明する力も必要です。

しかし、ここで気をつけなければならないのは、

教師が話している時間と、子どもが学んでいる時間は比例していない。

ということです。


教師が10分話したからといって、子どもが10分学んだことにはなりません。

むしろ教師が長く話せば話すほど、子どもは受け身になっていきます。

特に日本語を学び始めた子どもにとって、長い説明を聞き続けることは簡単ではありません。


最初は聞いていても、どこが大切なのかわからないまま、言葉がどんどん流れていきます。

教師側には、「ここが新出の文型だ。」とか「ここがポイントだ。」という意識があるはずですが、その重要なポイントが、声の強弱や間、繰り返しなどで示されなければ、子どもには伝わりません。


教師は説明した! けれども子どもの頭には残っていない・・・・。

こうしたことは、決して珍しくないのです。


「聞く」ことにも、教師の手助けが必要です。


経験の浅い教師の多くは、「子どもは座って授業を聞いて(くれて)いる」と言います。

しかし、本当に聞いているのでしょうか。


「聞こえている」ことと、「聞いて理解している」ことは違います。

授業の中では、

「今から何について話すのか」「何を聞き取ればよいのか」「どこが大切なのか」

を、教師がはっきり示す必要があります。


たとえば、

大切なところでは少しゆっくり話すなどの緩急をつける。声のトーンを変える。間を置く。(一度止まる。)同じ言葉をもう一度繰り返す。


そうすることで、子どもは初めて、「あ、ここを聞くんだ」「ここが大切なんだ」と気づきます。「聞く」という活動も、ただ子どもに任せるのではなく、上手に聞けるよう教師が支えることが大切なのです。


「話して」「言って」と指示すれば、子どもは話せるのか?


多くの授業では、新しい学習内容を説明した後に、「では、話して。」「言って。」と、子どもに発話を促します。ところが、教師がそう声をかけても、しーんと静まり返ってしまうクラスがあります。なぜでしょうか。


実は、「言って」という指示だけでは、多くの子どもは話せません。


そもそも何について話すのか。どんな言葉(語彙)を使えばよいのか。

自分が知っている言葉だけで、その内容を伝えられるのか。

誰に向かって話すのか。

どのような場面で、自分はどの立場で話せばよいのか。

それらがはっきりしていないからです。


教師から見れば、「さっき教えたのだから、話せるはず」と思うかもしれません。

けれども、子どもからすれば、まだ「わかったかもしれない」という段階です。自分で使えるという自信は、まだありません。


ですから、そこにはもう一つ段階が必要です。

まず教師が見本を見せる。

一緒に言ってみる。

使う言葉を示し、わからない言葉がないか確かめる。

短い形から始める。


そうした段階を踏むことで、子どもは少しずつ自信をもち、自分の言葉として発話できるようになります。


また、よく「あなたの考えを自由に話してください」と言う教師もいます。しかし、そう言われたからといって、子どもがすぐに自由に話せるわけではありません。

自由に話せるようになるまでには、丁寧な準備が必要なのです。



良い授業ほど、教師は目立たなくなる?


特徴的だと思うのは、授業が下手な教師ほど、たくさん話してしまう傾向があるということです。「きちんと説明しなければ」「わかるまで教えなければ」という思いが強いからでしょう。

その気持ちはよく分かります。

しかし、授業が上手な教師ほど、実は教師自身が話している時間はそれほど長くありません。


教師が短く示し、子どもが考える。

教師が問いかけ、子どもが答える。

子ども同士で話す。

実際にやってみる。

間違えたら、教師が少し助ける。

そして、また子どもに返す。


授業の時間が進むにつれて、教師より子どもの活動が増えていきます。


私は、良い授業とは、教師がたくさん活躍する授業ではなく、

「子どもがたくさん活動している授業」だと思っています。


授業を見るとき、「教師」ではなく「子ども」を見る。


みなさんは、うまくいっていない教師の授業を見ると、ついその教師の説明の仕方に目が向いてしまうかもしれません。

話し方はどうか。板書はどうか。教え方は分かりやすいか。

もちろん、それらも大切です。


しかし、本当に見なければならないのは、子どもの方ではないでしょうか。


まず、子どもは教師の方に目を向けて、集中して聞いているか。

既習内容との違い、意味を理解しているか。

声を出しているか。

テキストを離れた実際の場面でも使えるか。

(子どもの、この沈黙の時間は)答えを迷っているのか、または答えを探しているのか。

 

このように、授業の質は、教師がどれだけ話したかではなく、子どもがその時間に何をしていたか、結果何ができるようになったかで考えるべきだと思います。


教師が一生懸命話して終わった授業より、教師はあまり話していなくても、子どもが何度も聞き、考え、話し、試していた授業の方が、学びはずっと多いはずです。


授業の主役は教師ではありません。

子どもです。

だからこそ、授業を考えるときには、「私は何を教えるか」ではなく、「子どもに何をさせるか」

から考えてみる。

それだけでも、授業は大きく変わるのではないでしょうか。

 
 
 

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