子どもを叱るときに意識したいこと



 前回は、子どもを教育するなかで、叱ることも時には必要ではないかとお伝えしました。

もちろん子どもとの信頼関係ができていることが絶対条件です。自分を認めてくれない人、尊敬できない人に叱られても、子どもには何も響きません。また、体罰は絶対にだめです。これは前提として、守ってください。


 では、叱るときにはどのようなことを意識すればよいのでしょうか。まず叱る内容には5つのポイントがあると思います。

 ①子どもの努力や意識の変化で改善できることか。

 ②過去のことではなく、今回の事象に対してのことか。

 ③その子のため(利益)になることか。

 ④子どもの「なぜ」「どうして」にこたえられることか。

 ⑤どんな子どもにも同じことが言えるか。


 例えば、母親が子どもに対して「どうしてこんなこともできないの?あなたは本当にお父さんに似てだめね。」と言ったら、子どもは「え?お父さんもだめなの?じゃあ、僕はお父さんの子どもなんだから、仕方ないじゃん。」と、遺伝だから無理だとあきらめてしまうかもしれません。遺伝のように自分ではどうしようもないこと、ほかにも身体的、認知レベル的にできないことでは叱らないようにします。また、家族や友達と比較はせず、その子自身の努力や意識の持ちようで改善できることにします。


 また、忘れ物をする子や宿題をやってこない子に対して、「またお前か?毎回毎回、ほんとあきれるぞ!」と叱っても、「また」とレッテルを張られたら、子どもは「どうせ・・」と不貞腐れるでしょうし、そもそもどうして忘れてはいけないのか、忘れることで、どんな不利益につながるかがわからないと、子どもも直そうとしないかもしれません。加えて、指導者はどうして忘れてしまうのか、どうすれば忘れないのかを考えてあげることも必要です。

 そして、子どもによって、叱る基準が違うのは、不公平です。叱る基準はどんな子にも同じにしてください。


 そういえば、子どもに「静かにしろ(していろ)」と叱る教師がいます。が、うるさくする子どもたちは、「今、何をしている時間かわからない。」「授業がつまらないし、わからない。聞いている意味ありますか?」「静かにしろって言うけれど、寝ているほうがいいの?」などと言いたいのではないでしょうか。そもそも教師はどうして静かにしてほしいのか。静かな授業とは、一方的に聞いているだけの受身的な授業であり、子どもの脳を活性化させていないのではないか。仮に静かな教室ではあるけれど、子どもたちはほかのことを考えていて、授業をきいていなくてもよいのかなどと考えてみる。すると、叱る必要がないだけでなく、どのようなクラスや授業がよいのかを自問することにつながり、結果よいクラス運営ができることにつながるのではないでしょうか。

 というように、これらのことを考えたうえで叱るのであれば、おのずと適切な叱り方ができると思いますし、叱ってはいけない場合にも気づくことができると思います。


 では、次に、それでも叱らねばならないときのために、以下のようなことに気を付けてはどうでしょうか。

 ①どういうことをしたら叱るかを前もって子どもたちに伝えておく。

 (そのケースの場合は、基本的に必ず叱るようにします。)

 ②叱るときは、事象からあまり時間をおかない。

 (特に年少者の場合、あの時こうだったでしょ?といっても覚えていません。)

 ③叱る時間はなるべく短く、わかりやすい言葉で伝える。

 (外国にルーツをもつ子どもの場合は、日本語理解レベルにより変えていきます。)

 ④複数の子どもが関係するときは、全員から事情を聞く。

 (一方から聞くだけでは、事実かどうか判断できません。)

 ⑤子ども同士のトラブルやいつもより激しく叱ったときは、保護者に連絡しておく。

 (子どもから先に伝わることで事実が曲解されてしまうことがあり、誤解を解くのに大変

  なことがあります。)


 このようなことを守れば、叱ることも子どもたちにとっての成長の一助となっていくのではないでしょうか。私たち教師の役割は、子どもたちが自ら考え、お互いを思いやり、自分の成長のために行動できるようになることにありますが、特に年少者教育の場合は、学習だけでなく、人との良好な関係性を築くための基礎を学ぶ期間です。ほめることと、叱ることのバランスをとって、よい指導者でありたいと願います。


 さあ、みなさん、今日もまた子どもたちのためにがんばりましょう。

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