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  • 森 顕子

プラス・エデュケート教師の「禁句」とは?



 プラス・エデュケートは、これまで子どもへの日本語教育に特化して、活動してきました。そしてこのことを自負しています。私たちが行っている日本語初期指導は、子ども相手であり大人ではありません。うちの教師はこのことをしっかりと認識する必要があります。

 

 大人は、第二言語として日本語を学ぶ場合「お金を払って自分の意志で日本語を学ぶ」ので、仮に日本語の習得が遅くても、「本人の努力不足」と言えますし、教師のせいになることはないでしょう。それに対し、私たちが指導する子どもたちは、日本語を学ぶために来日したわけではありません。それなのに、学校へ行くために親以上の日本語能力が要求されるのです。

 

 プラス・エデュケートは「初期指導」つまり来日して間もない子どもたちが、初めて日本語を学ぶ教室を担当しているのですから、そこで日本語の楽しさや面白さを伝えられなかったら、彼らの今後の日本語の勉強はずっとつらいものになってしまいますし、日本語の習得が遅いことを本人の努力不足で片づけてはいけないと考えています。


 そこで、うちの教師は、知識はもちろんですが、子どもにどのように教えたらわかりやすいのか、どうすればモチベーションを維持できるのか、どのように子どもに接すれば心を開いてくれるのかなどといった「子どもへの指導の在り方」について日々追究することが求められます。豊明市にあるうちの事務所兼教室は、教師の研修の場も兼ねていますので、授業後には反省会と引継ぎをほぼ毎日行っています。


 学習する内容が違うし、子どもたちの様子も違うので、反省会の中身も多岐にわたるのですが、経験の浅い教師が、授業がうまくいかなかった理由を子どものせいにしようとすることがあります。「今日は子どもの集中力が足りなかった。」「今日は月曜だから、1時間目は眠そうだった。」「今日の学習内容は難しかったので、子どもが理解できなかった。」など。


 そういう時、私は必ず言うことがあります。「授業がうまくいかなくて、子どもにきちんと理解させることができなかった理由を子どものせいにしてはいけません。サービス業の人たちが、お客さんを満足させられなかったとき、それを客が悪いといったら商売にならないでしょ?」と。


 子どもたちは正直で、素直です。わからないものはわからないし、面白くないものは面白くないのです。それは裏を返せば、わかればどんどん楽しくなって勉強するし、面白ければ、進んで学習するのです。大人は、教師が未熟でも「たぶんこの人はこうしてほしいんだろうな」と忖度したり、「何言ってるかわからないけど、あとで自分で調べて復習しよう」とこれまでの学習経験があるために、とりあえず授業中は滞りなく進んでいくことが多いです。   


 しかし、子どもは違います。特にプラス・エデュケートは低学年の子どもや、母国できちんと学校教育を受けてこなかった可能性がある子どもも指導します。ですから、どんな子でも楽しく、わかりやすく教える必要があるのです。そのための工夫や努力はするのは当然であり、そこで手を抜く教師は、私にこっぴどく叱られます。子どもたちは先生に対して不平不満を言えないかわりに、私が言ってやるのです(苦笑)


 教師はともすると横柄になりがちです。「私が教えているのに、聞いていない子どもが悪い」「家で復習して覚えてこない子どもが悪い」と言って、宿題を課したり、テストをやらせたりする一方で、自分自身の授業を振り返るということをしない人が多いような気がします。


 「子どもができないのは、自分に原因があるのではないか。」いい教師になるには、こう考えるところから始まるのだと思います。

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